東京に住んでいた頃
仕事の帰り道、ひょんなことから話すようになり
仲良くなったおばあちゃんがいる




ありがたいことに
「これもご縁よ」と言って
とても可愛がっていただき
福島に引っ越してもなお
連絡を取り合うほどの仲に
しかし、そのおばあちゃん
スマホを持っていないので
連絡手段は固定電話
そしておばあちゃんの固定電話は
セキュリティの関係上、かける専門
僕からかける電話はいつも
セキュリティに阻まれ、繋がらない
電話番号を登録してもらえたらいいのだろうけど
その辺の登録は、おばあちゃんの管轄外のようで
ちょっと難しそう
だから、そのおばあちゃんが電話をくれたタイミングで
僕が電話を取れないと、話せない
そんな状況なので
僕が何か伝えたいことがある場合
運よく意図したタイミングで電話が来ないと
直接話して伝えることはできない
今回、急ではあるが東京に行く用事ができ
そのおばあちゃん家の近くに行くので
少しでもお会いできないかな?
という気持ちがあり
電話を待ってみたのだけれども
そんな上手くはいかないもので
電話はうんともすんとも鳴りはしない
ということで、諦めて手紙を書いて出してきた


そんな僕の状況を見た母は一言
「今時珍しいね〜なんか『文』って感じだね」
確かに…「文」だ
間違いない
不便極まりないのだけれど
なんだろう、この不便さが逆に
なんだか絶妙に、いい
簡単に繋がってしまわない所がまた、いい
手紙を出した後の
「そろそろ届いたかな?」
と考えるこの心の余韻が、いい
手書きで一手間かけた分
自分の気持ちもこもり
手紙を受け取ったとき
どんな気持ちで読んでくれるかな?
なんて考えワクワクするこの気持ちも、いい
手軽さの裏には、こんな楽しみが隠れていた模様
その後、手紙を読んだおばあちゃんから
無事、電話が来た
連絡繋がったときの嬉しさは
普段、LINEで人と連絡をとるときの10倍
昔はこうだったんだな〜と思うと
連絡が今、こうして当たり前に取れる日々にも
自然と感謝が芽生える
なんでも便利にすればいい
ってことじゃないのかもしれない
心で感じ、味わう時間も大切にしよう、そうしよう











