僕には仙人のような友人がいる。
どのあたりが「仙人」なのかと簡単に話すと
真冬でも節電のため、エアコンはコンセントが抜かれている状態がデフォルトだったり(エアコンってコンセント抜けるもんなんだと初めて知ったのもそういえば仙人に出会ったおかげ)
仙人の家に泊まりに行った日、夕飯は一緒にシチューを作ろうとなって、スーパーに買い物に行くと「東京に来て初めて野菜買った」と告白されたり(東京に来て彼は確か4年目だった気が…)
シチューを作るのに人参を切ろうとしたら家にピーラーが無く、包丁でそぐスタイルで皮を剥いたり(家に置かれた調理器具は包丁のみ)
「コイツ仙人みたいだな」
と思うエピソードは数え出したらきりがなく
話が一向に進まないので一旦こんな具合で止めておく
彼とは気付けばもう、10年来の友人で
確か僕が社会人3年目の春頃に
当時勤めていた会社の同僚を通じて知り合い
あっという間に仲良くなった
彼のことを「仙人」と思うようになったのは
知り合って割とすぐのことだった
「今度、泊まりに来なよ」
「おぉ、行く行く」
なにかの会話の延長線上でそんな話になって
僕が仙人の家に泊まりに行くことが決まったのは
知り合った年の冬のある日
仙人とは一緒にお酒を飲み
そのまま僕の家に泊まることが多かったのだけれども
そういえば仙人の家に行ったことはまだ一度もなかった
とんとん拍子で予定が決まり
仙人の家に遊びに行ってみると
僕は驚いた
モノが全然無い
当時はまだ「ミニマリスト」なんて言葉を知らなかったので
どうやって生活しているの?と正直思ってしまった
我が家に当たり前にある
あれも無い、これも無い、それも無い…
無い無い無い
知り合った当時、彼は東京の西国分寺駅から徒歩15分ほどの
築年数もそこそこ、洗濯機置き場はベランダにある
お世辞にも「綺麗」とは言えない
1Kのおんぼろアパートに住んでいたのだけれども
確かここに住んで4年目と言っていた気がする
それにしてはモノが少なすぎて
本当にそんなに住んでた?と疑いたくなる
そして家が圧倒的に寒かった
隙間風がビュービュー入る
そこにモノが無く
ガランとしてるから尚更底冷えしていた
しかし、そんな底冷えハウスに住んでいるとは
微塵も感じさせないぐらい
彼はいつもエネルギッシュで、目標に向かって一直線
整体師として働きながら、夜間は鍼灸の専門学校に通っていて
休みなんか無いに等しかったんじゃないかと思う
そんな彼に「冬、部屋の寒さにどうやって耐えてるの?」
と思い切って質問すれば
家に帰ったらまず、部屋の窓を全部開けて
冷気を取り込み、部屋が冷え切った状況をつくり
そこから窓を一気に閉めて
「外よりは暖かい、外よりは暖かい、外よりは暖かい」
とマインドセットするんだ
と、真顔で説明されたとき僕は
「コイツは仙人だな」と思ってしまった
わざわざ窓を開けなくても、十分部屋は冷え切ってただろうよ
と心の中で突っ込んだのはここだけの秘密である
そんな仙人の家に初めて泊まった日
正直な話、僕はここで今夜
本当に眠りにつけるのだろうか?と不安になった
もういっそのこと、泊まらず帰ってしまおうか
モノが無く、明らかに不便でしかないこの家を前に(なんて失礼なんだ自分)
そんな考えもよぎったのだけれど
清々しいほどにガランとしている部屋に
妙にひっかかってしまった
僕が必要と思っていた、たくさんのモノが無くても
彼の生活はは成り立っている…
だったら我が家ってなんなんだろう?
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▼noteにてエッセイマガジン「偏愛人間図鑑」公開中
僕には、どうしようもなく好きな人たちがいる。
正直、理解できないことが多い。共感できるかも怪しい。真似したいとも思わない。
それでも、なぜか無性に会いたくなる。
それはきっと、いつの間にか凝り固まった僕の固定観念をぶち壊し、新たな気づきや視点を与えてくれるから。
このマガジンは、そんな「愛すべき偏りを持った人たち」の記録です。
少し不思議で、でもどうしようもなく魅力的な人たちとの出会いを通して、世界が少し広がるような、そして最後には心がほのぼのしてくるような、そんなエッセイを書いていきたいと思います。
https://note.com/honoboonosan/m/m5645687618ec
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日々「ほのぼの」するために試行錯誤したあれこれや、今後の企みをありのまま綴っています。
直近では、正社員を辞め、月の半分だけ派遣仕事、あとはやりたいコト(エッセイと珈琲)をすることにした
「複業生活」についての奮闘記を綴っています。
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